発泡事件

2001年1月12日夜、今年に入って4本目の「にごり酒」を呑もうとしていた。
例年この時節には、こいつを楽しんでいる。「にごり酒」は清酒になる前段階の
酒で、それを濾して清酒と酒粕に分けられる。見た目に白く濁っているので「
にごり酒」と呼ばれているのであろう。
独特の酸味を持ち、酒自体の甘さと相俟って口当たりはとてもよい。
まだ醗酵が続いているため炭酸ガスを発生させ、それが呑み易さに一役買っている。
品質が一定しないので蔵元としては、この時期のみの限定品としてしか売らない
と酒屋から聞いている。
アルコール度数も強いし、不純物も含まれているため、
胃が荒れてしまったり、二日酔いの原因を作ったりするので一度に多くは呑めない。
毎年呑みきれず余らせてしまっていた。しかし一升瓶でしか購入できないので、
何年か前からは、余ってしまう分を、予め友人に分けてから呑み始めている。

例年通りに一本目は半分を友人に分けた。二本目は母や姉と空け、三本目は帰省
した息子達と空けた。で、とうとう4升目に突入したというわけだ。

今年は「にごり酒」を呑むときに、一緒に同量以上の白湯を呑むことにしたのが、
その欠点を補っているらしい。胃の荒れもないし、二日酔いもない。
今夜は外食
をしたため、晩酌ではなく、寝酒という形になった。

風呂から上がり、すでにパジャマに着替えていた。
一升瓶を覆っているビニールを
脱がし、アルミ製の封印の空け口に爪を入れて起した。起したアルミの端を横に引
っ張った。封印は適度な重さを持ち、まるで紙のように素直に裂けていった。裂け
目は引くごとに斜めに上がっていった。

封印が半分以上外れた次の瞬間、「ボッ」という音響と共にプラスティックの中ブタが
どこかにすっ飛んでいった。あたかもシャンペンの蓋が飛ぶときのようだ。右手には
アルミの封印だけが残っていた。驚きの一瞬を過ぎると、こんどは中身が吹き出して
きた。下から下から湧き出てくる。左手の親指で出口を抑えようとした。親指が中身の
放出の勢いに負け、きちんと蓋の役割をしない。まるで遠くへ飛ばすために指で出口
を細くしているかのような状態になってしまった。狭まった出口からほとばしり出る液体
はさらに勢いを増した。キッチンに移動し、さらに口を強くふさいだ。霧状となった酒は
やっと止まった。妻の持ってきたおフキンで口を押さえようと左手の親指をそっと放して
みた。「ポッ」という音がした。もう吹き出る勢いは無くなったようだ。見れば一合近くが
失われていた。落ち着いてみると、あたりは「にごり酒」だらけになっていた。
寝酒を始めるどころではなくなっていた。床、家具、壁には薄白い液体が付着し、匂いを
発していた。大事な骨董家具にもべったりと、かかってしまった。急いで雑巾で拭き取り
バケツで濯ぐ。バケツの水は一回で真っ白くなる。引き出しの隙間にもかかっている。
早く拭き取らないと染み込んでしまう。ところが床にも大量に落ちているので、歩くところ
を確保するために床から取り掛からなくてはいけなかった。あちらこちらを拭いて回り、
拭ききれない部分は明日ということにしてやっと夫婦の会話が出始めた頃、隣の部屋から
麿君が戻ってきた。「ボッ」という大きな音と共に夫婦がそろって「わあわあ」言い慌てる
姿に、ただならぬものを感じていち早く逃亡していたのだ。隣の部屋で我々の声や音だけ
をたよりに状況の把握に努めていたのであろう。いつでもまた逃亡できる態勢で注意深く
部屋に入ってきた。
やっと予定通りの寝酒になった。我々は大き目の猪口で乾杯をした。
ひとくち含むと舌にジュワジュワと炭酸を感じた。こんなに炭酸が強ければ栓をふっ飛ばす
のもうなずけた。
麿君は床で背を丸くしている。床に落ちた「にごり酒」をひとりでやっていた。
ほとんどキャットフードと水しか口にしないのだが、「にごり酒」は気に入ったようだ。ストーブ
前に置かれた麿君専用の座布団にも舐めた跡が付いていた。
麿君は舐めただけの「にごり
酒」が効いているようであった。いつも本気になって追いかけるネズミに似せたおもちゃを
捕らえることができない。まったく集中力を欠かしている。さらに、その狩り自体を楽しむと
いう気持ちも失せているようだ。
おもちゃを真剣に追いかける麿君もかわいいが、私と一緒
に呑む麿君も歓迎したい。
酒好きを歓迎する姿勢を猫にまで持つ自分は酒飲みの性丸出
しであった。

四本目は猫と家に分けて、まだ半分くらい残っている。