
滋賀県 浪乃音酒造 を訪ねて
2003.03.09.訪問
浪乃音のお酒はこちら
*写真をクリックすると拡大されます。
『不老泉』の上原酒造を後にして、次に向かったのは堅田(かただ)にある蔵『浪乃音』の浪乃音酒造
です。堅田は京都駅からJRで20分ほどの大津市のはずれ。その昔、『湖族』と呼ばれるいわゆる
海賊の集落があった土地です。海賊と言っても、彼らの暮らしの糧は、水先案内、運送、漁業権、造
船などで、たとえば水先案内では、米100俵につき1俵を取り、断ると襲った。とされますが、この行為
を現在の道徳観念で判断することはできないでしょう。
駅まで迎えに来ていただいた中井専務に、車中いろいろとお話をうかがった中で、湖族の話も出ました。
信長が比叡山を焼討ちに行く前に、叡山に肩入れしていた湖族の郷である堅田一帯を焼討ちしたとい
う話を聞き、同じように信長に滅された和歌山の雑賀衆の話を思い出しました。当店がお取引している
蔵は、信長に縁があるようです。
この蔵の生産規模は年間300石(一升瓶で3万本)ほどです。当店がお取引しているお蔵の中では、
『國香』や『勝駒』と同じくらい。小規模ではありますが、7年前に建造した近代的
な蔵で、三兄弟で力
を合わせて造られています。
中井三兄弟は、専務の孝さんが長男で今年33歳。次男の均さんが杜氏で31歳。三男の快さんも
蔵人として活躍する29歳。皆さんとても若く、蔵の雰囲気も“皆造”後ではありましたが、活気ののよう
なものを感じます。そして一番印象的だったのは、とにかくきれいでピカピカであること。
彼らは、金賞受賞の名杜氏 金井泰一氏(能登杜氏)のもとで、七年 間酒造りをじっくりと学ばれたそう
です。蔵を清潔に保つことはもちろん、とにかく データを取れ、と言われ、言われた通りにデータを取り
続けて いたそうです。酒造りは、同じように作業をしていても、年によりその過程は必ず違うもの。
そんな時に、取り続けてきたデータが生きてくるとおっしゃいます。
この蔵は、3兄弟以外に蔵人はいません。まかないなどの世話は、孝さんの奥様と均さんの奥様で
交代で行い、シーズンともなれば家族総出で造ります。身内だけで仕事をすることで、やりにくい事
などありませんか、と質問したところ、こんな答えが返ってきました。
「私達は互いに妥協しない性格なんです。三人のうち一人でもNOと言えば、必ずその作業を見直す
ことにしています。掃除一つとっても、これだけやれば良いだろうと2人が思っていても、もう一度やろ
うと必ず一人が言いだします。三人とも、良いと思ったことはとことんやるまで気がすまないんです。」
床も壁も機械も、とにかくピカピカであるゆえんですね。昨年13BYの造りまでは、金井杜氏がいらっ
しゃいましたが、14BYからは、完全に3人だけで造られています。彼らの造った酒を、能登におられる
オヤジさんに送って味をみてもらったところ、これなら良いだろうと合格点をもらった事が何よりうれしい
と、中井専務は目を細めてお話になります。
この蔵は、きれいなだけでは有りません。写真のように、麹室はとても広く、搾りの機械も「ヤブタ式」と
「槽」の両方を使い分けています。300石の蔵で、両方あるのは珍しいのではないでしょうか。釜場、麹
室、酒母室、は同じフロア−に在り、構造がとてもコンパクトで、作業能率をよく考えて作られています。
もちろん冷蔵設備は万全です。そして、タンクも一番大きい物で900kgの小造りです。吟醸酒造りには
申し分のない環境でしょう。
もう一点特長的なのは、麹室の隣りに立派な休憩室があること。休憩室というより、ここで生活が出来
てしまうほど、炊事場から談話室、寝室まで備えた「家」です。昔ながらの「3K」の職場にはしたくない
という皆さんの思いが、ここにも表れています。
蔵の案内もそこそこに、いよいよお酒を利かせてもらいました。
まずは、12月に搾った特別純米の原酒生。とてもきれいで軽快な味わいですが、旨みの幅も感じる
タイプ。既に商品としてはありませんが、この味で1.8L・2400円というのは驚きです。
次が、純米吟醸の原酒。こちらは、香りが豊かで個性的な味わいも感じます。純米に比べると、後口
の余韻が素晴らしい。そして、金井杜氏の造られた12BYの大吟醸は、とてつもないお酒でした。香り、
味の広がり、含み香、余韻、どれも申し分のない名人の技です。
今年の造りの大吟醸は、香りがとてもふくよか。全国の鑑評会に出品する予定だそうですが、全国は
これぐらいの香りがないと通らないとのこと。個人的には、もう少し香りが控えめの方が好きですが、
口中のふくらみと後口のキレは、かなりのものでした。
この蔵のお酒は、今現在かなりのレベルにあると思いますが,これからもっと良くなっていくことでしょ
う。この蔵を私に最初にご紹介いただいた、倉敷のHさんは、いずれ「十四代」のようになりますよ。と
おっしゃいます。その事が果たして良いことなのかどうかは別にして、彼らの真摯でひたむきな酒造り
に対する姿勢は、あながちオーバーではないのかなと予感させる、今回の訪問でした。
電車の時間となり、蔵をあとにします。ほんの二時間余りの滞在でしたが、今度は造りの最中に訪れ
ることをお約束し、琵琶の湖面に別れを告げました。