入鹿切れ   犬山市

入鹿池は、1633年(寛永10年)灌漑用溜池として、

犬山につくられました。

1868年(明治 元年・厳密には慶応4年)5月14日、

折からの長雨で、入鹿池の大堤防が決壊しました。

被害の特に大きかったのが、丹羽郡、春日井、中島、

海東(現海部郡)の4郡133か村で、死者941名、

負傷者1、471名を数えました。

丹羽郡大口町五条川六部橋のたもとに、
供養塔が建てられています。

犬山市羽黒字神ノ木の畑の中に、供養塔が建てられています。

入鹿切れの際に流れて来た、15屯もの巨石

犬山市羽黒の興禅寺境内

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