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6月〜10月(弁天サロン/屋根裏の間にて)
佐久島はどのようにして生まれ、
暮らしや文化が育まれたのかを探りました。 |
●島の概要・歴史・歴史的遺産(出土品・文化財)について、資料を展示
佐久島は、三河湾有人三島の一つで、昭和32年12月に離島振興対策地域に指定されています。水成岩から成る約2500万年前の「古代アマモ」の化石や貝の化石が発見されています。かつてはもう少し大きな島だったようですが、大地震(862年)によって陥没し、小さくなったと伝えられます。
人が住みはじめたのは紀元前3000年頃(縄文中期)からと推定されます。全島に古墳が点在し、45基を数えます。これらは6世紀後半〜7世紀に作られたもので、円墳横穴式です。いずれも海部(あまべ)族の統率者や有力者の墓と考えられています。応神王朝期(4世紀頃)、朝廷の命に従わない海人(あま)を安曇連(あずみむらじ)が鎮めたことから、安曇連は海人の宰となり、漁労に従事した特別の海部を率いて勢力を伸ばしました。佐久島の海部族もこの安曇連の支配下にあったと考えられます。
佐久島の第一号古墳といわれる山の神塚古墳(町文化財指定)は、明治時代に黒坂勝美博士によって発掘されたといわれ、その後昭和41年、南山大学教授の指導で再発掘調査が行われて、石室内から金環緑玉をはじめ多数の貴重な品々が出土しました。(同会場で展示)このような内容について、文献や社員を展示しました。また、その他の県指定文化財、町指定文化財についても、パネル等にて展示しました。 |