‐何 故でしょうか?例えばある製品の電子基板と部品を見て「ここの回路をこの部品でこのように設計したら良い性能が出るはずない。」とかの批判が可能な人は、その設計者と同レベル、もしくはそれ以上の知識を得た者にしかできません。
‐そ れ故私はある製品のデザインの際に、設計の初期の段階で電子技術者から基板のサイズは何cm×何cmという風に条件が出されると、私はほとんど批判なしにそれが可能なデザインに着手します。なぜなら私は電子回路についてもその部品についても全く知識がないし電子や電流は私の目には見えないからです。さてメカニズムの方になるとちょっと話が変わります。
‐航 空工学の佐貫亦男氏?だったと思うのですが(漢字を間違ったかもしれません。)私は若いときに「発想のモザイク」という彼の本を読んでとても影響を受けました。工業デザイナーにとっては素晴らしい教科書だと今でも思っています。それ故ものの外形として目に見えるものは注意深く観察し、何故構造がそうなっているか等のメカニズムの疑問を尋ねたり、その結果起こるデザイン上の不利益がある場合に置いてのみ技術者に対し「何故この位置のモーターからわざわざベルトを介してこのギアを動かす必要があるのか?」などという批判をし変更を求めることはあります。これはモーターやギアはきちんと目に見えるからです。(例えば私の場合、50cc程度のバイクならパーツリストやマニュアルを見て、ばらして元どおり組み立てる能力があります。もちろん工具は必要ですが。)さて話に戻りましょう。
‐デ ザインの場合には多分全ての人が批判、評論します。例えばそのものをデザインした人は、ほぼ間違いなく普通の人よりはいわゆる絵を描いたり色を組み合わせたりする能力に秀でた人間で、入試により選抜されて例えば○○美術大学を出て、そしてまた就職時に選抜された××企業のデザイナーです。そのようなプロが行った行為に特別な美術教育を受けなかった普通の人が批判をするということはとてもおそれ多いことと思わないのでしょう。普通の人は幸運にもデザインを批評するこのような場所に招待された途端、自分の小中学校の美術の成績を棚に上げて?こういうのです。「パッとしないね。」「野暮ったいね。」「私の好みじゃないわ。」「変なかっこう〜。」「斬新すぎるんじゃない?」等々。
‐音楽の場合には「私は音痴で歌は下手です。」という人はいるのに、「私にはわからないデザインです。」「私はこのデザインを理解する能力がありません。」と言う人は何故かいません。みなさん裸の王様を演じるのです。
(しかしご自身は音痴の人でも、美空ひばりの歌がうまいことはわかりますよね。本当に音痴の人は自分の音程が外れたことが全くわかっていないそうです。それがわかる人は実は音痴でないそうです。歌う訓練が足りないだけ。)
‐も し新製品のデザインを決定する大事な会議がとある企業内部であったとしましょう。 例えばガリレオのように100人の馬鹿な人間の前で一人の天才が逆に「阿呆」にされる場合も考えられるわけです。さてそうなった場合有能なデザイナーは一体どうするのでしょう。
‐反対意見の中心人物をその席で集中的に攻撃し、デザイン知識の無知を指摘しましょうか?
(#これではまるでインターネットのニュースグループのようだ。)
でもその人物がクライアントの、もしくは自分よりも上級職だったり社長だったらどうしましょう?「俺はGマークとifとアメリカンアワードとゴールデンコンパスとを受賞したデザイナーだ!」と威張ってみても、そもそもデザインに門外漢の彼らにその意味が分かるはずもありません。彼のポケットに葵の印篭が必要でしょうか?。
‐や ってられるか!と机をひっくり返し、椅子をけ飛ばして、ドアを蹴りやぶって退席しましょうか?プライドある一人の男の行為としては拍手物でしょうが、彼にとって事態はますます悪くなる一方です。
‐飲 み屋で知人を相手に「あいつらは俺のデザインがわからん馬鹿ヤローだ。」とその後くだでも撒きましょうか?これでは自分の作ったデザインが理解されなかったという状況はいっこうに好転しそうにありません。
‐な らいっそのこと会議の時に周りの人に土下座をして「一生のお願いですから私のこのデザインを認めて下さい。」と懇願しましょうか?デザイナーという人種は基本的にプライドが高くわがままで自己チューなのでこのようなことは多分、彼のプライドが許しません。
どうやら八方ふさがりのようです。
‐ではデザインの作り手と批評する側のこのギャップをいかにして埋めたらよいのでしょうか?それどころか最終的な評価を下すべき受取り手(ユーザー)は実はこの会議の席には誰一人いないのでは?ということにおのずから疑問がわきます。
‐企業内部ではその最終のユーザー以前に、秘密裏に密室で特定のスタッフによりデザインの評価が日常的に行われています。例えば営業サイドは、今までの製品に対しての評価(売り上げや市場での占拠率というデーターを)を持っている。という風にいいます。ところが営業マンが顔を合わせ、話すことができるのはせいぜい小売店レベルまでです。彼らも相変わらず最終ユーザーの素顔と、今までの商品が何故、何が気に入られたのか?はたして自分たちがターゲットとした人に本当に売れたのかさえ、実の所知りません。 気に入って買ってはくれたけれど、それ以降その製品をユーザーがどのように感じているかなどは全くもって知りません。
‐私 も含むデザイナーはそれと同じくらい最終ユーザーの素顔を知らずに非常に狭い範囲の自己知識でデザインを行っています。他社の成功例や同類の製品の情報を取り寄せたり研究したりしても、自社のデザイン失敗例についてその商業的敗因をまじめに分析し、今後の自社のデザインに積極的に生かす様なこともないようです。
‐ど うやらここでは必要な情報の発信と収集ができないようです。私はこのインターネットがそういう部分のギャップさえも埋めてくれるものになるのではないかと思っています。
Yes
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