‐デ ザインとはそれを最初に一目見たときの印象により価値が決まると言っても言い過ぎではないでしょう。もののデザインとはけっして製造を開始する前の表層的な化粧ではありません。例えば人は生きて行く上での経験により培った内面(本質)がその人の外の姿や振る舞いに自ずと滲み出てくるものです。
‐し かし人の手によって作り出される物にはこのような自然発生による風格やたたずまいを期待できるはずはありません。命のない単なるものだからです。
それゆえ意図的にそれらを企画しそのものにそれを発生させねば成りません。
‐気 持のいい形、きれいな色、新しく感じさせる何か、これらは、すぐれたデザイナーの手によってのみ産み出せるものです。そして直に見る人の心に理屈抜きに作用するのです。
わたしのデザインの目標はそのものの本質を、印象として正しく外に表現し、独自性をもって人々の目を捕え、心をときめかせることです。
‐ど のように大量で緻密なコンセプトワークやマーケットリサーチを行っても実際に目の前にものとして形あるものに実現化しないかぎり、そこに意味はありません。
私はこの世の誰よりもその新しいものが市場に実現化され、そして良いデザインという評価を得ることを心から願いますし、そのためにデザインを行います。
ですから実際に近日中に生産可能なデザインでないと私にとって興味はありません。それゆえ私はメカニカルレイアウトを重要視します。よいデザインにはよい骨格(メカニズム)が必要だからです。もしそれが明確でない場合にはクライアントから図面を取り寄せて最初のうちから原寸の3面図として検討します。
‐私 にとってカラーレンダリングの類は煩わしいだけで正直言ってあまり約束したくありません。どうしても必要な場合には提出しますが、何日もかけて美しいイラストレーションを書くよりも私は新しいハウジングの構造や、使う人にとってのレイアウト、カバーのオープニングの構想、製造の際の問題点の克服等を考えることに幸福に感じます。しかしながら最近は強力なパソコンによる3D-CGのおかげで、リアルで説得力のあるレンダリング提出が簡単に出来るようになりました。仕事全体のデザインを効率よく進める上で、デザイン提案初期に、きわめて本物と近いプレゼンテーション(3D-CG)が素早く行えることはとてもメリットある事です。
‐い ずれにせよ具体的なデザインは原寸大の精密なマスタープラン、すなわち正面図、上面図、側面図で示さねばなりません。観賞願望を満たすための3D-CGに時間を費やすよりも原寸のペーパーモデルを作成する方がものの実現化に役に立つ場合があります。
‐同 じ理由で全くフォルムの違うデザインの平行案の最終作成(ハードモック作成)も好みません。それならばただ一台のディーテイルやカラーの洗練のためにそのエネルギーを使いたいと思います。与えられた時間は限られているでしょうから。
‐新 しく、他とは違う何かを生むためには苦痛が伴うはずです。イージーで無難な解決法と、進歩的だがリスキーな解決法がある場合、私のデザインは後者にチャレンジします。また私と共に仕事をする人にも同様なチャレンジの態度を求めることがあると思います。
それが成功したときには苦痛以上の喜びが得られるでしょう。そしてその喜びを共に味わいたいと心から願っています。
‐デ ザインの好き嫌いは誰でも言うことができます。しかし良いデザインかどうかを誰もが判断できるかと言えば疑問です。なぜならデザインセンスとは人の最も個人的な部分、人間的な部分(感情や体験、慣習、倫理、道徳、哲学etc,)から生まれるものだからです。
‐あ る人にとっては嫌いなデザインがよいデザインである場合も当然ありえます。私はクライアントの方の会社での地位や派閥には全く興味がありませんし、そのためにとくにデザイン上の配慮を行うこともありません。なぜなら私はフリーランスデザイナーだからです。良いデザインを生み出す以外のことに私は興味はないのです。
Glaphic Gallery /Yes.
Industrial Gallery / No.
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