■Who is a designer. ■
●工業デザイナーとは何者?
全てのカテゴリーのデザイナーに国家試験はありません。免許もありません。つまり誰がいつどこで「デザイナー」を名乗ってもかまわないわけです。ここが医者や建築士、弁護士と違うところです。しかしすぐれたデザイナーは物を作る上において、専属の医者や建築士、弁護士以上の働きが出きます。デザイナーの能力とはその人の個人的な才能です。これは医者や建築士、弁護士の場合と同様です。しかしながら彼らは国家試験によってその名を名乗るに相応しいボーダーレベルの知識や技能があるようです。フリーランスのデザイナーにこのようなボーダーレベルはありません。あなたも明日から「デザイナー」を名乗ってもかまいません。
しかしあなたが何か個人的に物を作り出し、できあがった物を自分で眺めているだけではあなたを「デザイナー」と呼ぶ人はいません。
Artist(芸術家)との違いは何でしょうか?Artistとなると音楽家、画家、写真家、芸能人も含んでさすことが多いようです。彼らの共通点と言えば個人の特別な才能(Talent)を何らかの形で表現することにより、どこからかお金を得ていることぐらいでしょう。但し(マスメディア等で)有名でないと自らを「Artist」と呼んでも普通の人は相手にしてくれないようです。
例えばこの世には自分で物を企画し、自らの手で作りそれを売っている人がいます。(陶芸家等、クラフトマンと呼ばれます)彼らもある意味で「デザイナー」と呼んで差し支えないと私は思います。一般的には「職人」とよばれますが‥‥‥‥。
さてデザイナーとは一体どのような人をさすのでしょうか?日本で最初にデザインという言葉が一般の人に認知されたのはアパレル、ファッション関連においてでしょう。
誰もがピエールカルダンや森花江の名前を聞いたことはあるでしょう。
それ以外の分野になると次には宣伝広告の分野でしょう。彼らは「グラフィックデザイナー」と呼ばれています。
より絵を描くこと専門に分野を限定し「イラストレーター」と言う人もいます。室内装飾と呼ばれる分野で「インテリアデザイナー」も出現します。
さて「工業デザイナー」です。物を作り市場に流通させお金を得る事は、産業革命以後個人のレベルを離れて、ほとんど企業の手に渡りました。車や家電品を見ればわかると思います。
このような社会構造の変遷とともに企業の中でその企業の製品の色や形(デザイン)を専門に仕事にする種類の人間が生まれました。また個人として企業外部の人間でありながらある特定の企業の製品をデザインする者も出現しました。これが「工業デザイナー」です。
日本に狭義での工業デザインが生まれたと言えるのはのは多分戦後でないかと思います。当時は製品作りそのもの、品質が悪く、世界レベルに追いついていないために「デザイン」なるキーワードで高品質で本当に人間の役に立つ製品を作る意味でデザインが必要なものであったと思いますし、それは成功であったと思います。日本では(財)日本産業デザイン振興会が通産省の後押しで、企業の作る工業製品に対し「グッド・デザイン」を推奨・振興してきました。
これ以上のつまらないデザイナーのカテゴライズ(分類)はどこかの誰かに任せましょう。日本のデザイナーは色々な言葉で自分自身を複雑に定義づけたがる人が多いようです。
ものを作る上でそのものが原始的な段階のときには(例えばダビンチのように)工業デザイナーが手腕をふるうことができます。魔術師がごとく普通の人では誰も予想しえない未知のとある結果へそのものの完成に向けて周囲の人をデザインという行為を通じて導く事ができます。私はダビンチはすばらしい工業デザイナーだとおもいます。日本は戦後から発展を遂げ世界的な工業製品輸出国になりました。デザインという言葉を本来の「企画、計画」という広義の意味にとらえるならば、今や日本の製品に物理的にきちんと機能しない悪いデザイン等というものは皆無ではないかと思います。
但し以前の物よりも格好悪い新型のスタイリングの製品(車や家電品)は相変わらず日本中に氾濫しております。
ほとんどの製品が既に成熟しております。成熟した商品というものはある典型的な合理性を持った形に必然的に落ちつきます。車や自転車の基本原型はここ半世紀以上変わりませんし、今後も変わりそうにもありません。明確に違っているのは表面的な色や形です。コップや茶碗等のデザインは石器時代から同じです。こうなった場合には工業デザイナーがおこなっている行為のほとんどが水面の泡の様に刹那的ではかない行為です。私もそのような不毛な行為を今まで十分に体験してきました。
私はまじめな物づくりにデザイナーとして参加し、自分の能力を生かし、ギャラを得たいと考えています。デザインとはものの本質を語り、色や形を通してそれを見た人に理解させる行為のはずだと私は考えています。
デザイナーに「絵が描ける、新鮮でかっこいい形が作れると言った目先の小細工」のみを求めるビジネスパートナーには私は会いたくないのです。日本国内のみにとどまらず、まだこの世には十分にデザインされていない、成熟していない製品があり、まじめな物づくりに協力できる外部のデザイナーを求めている人がきっといるのではないかと思います。
願わくば私のホームページとギャラリーがこのような人の目に留まりますことを。
●企業内の工業デザイナーとは?
大企業のデザイナーは就職の際に○○芸術大学デザイン課または××デザイン専門学校卒業、という形での求人時点でのボーダーが必然的に生まれます。
会社内部にデザイナーをかかえている場合、彼らはその特定のセクションのデザインに特化した形での専門的なデザインをおこないます。いかに巨大な企業であろうとも一つの家庭と何の変わりもありません。家庭にはそれぞれ事情があるように特定の企業の事情の中でデザインをおこなっています。
ある企業に属するデザイナーが、全く関係のない別の企業の製品をデザインするようなことは、彼がその企業に属する限りは基本的に不可能です。
また多種多様の商品群を持つ企業の内にいても、あるデザイナーが色々なカテゴリーの製品を担当するか?というとそうでもないようです。それは同じ会社の内部でさえもしっかりとセクション分けされて各々の部門担当としてデザイナーが特化しているからです。
たとえば日本では、野球選手のように直接の同業対抗メーカーにヘッドハントされた優秀な企業デザイナーという話は、私は今の所聞いたことがありません。企業にとって、それを例えるならば「家族の誰かをよその誰かとある日突然取り替えること」となるからです。
日本の企業での年功序列制により、いかに素晴らしい造形能力を持とうとも、ある年齢がくるとデザインの現場を離れ管理側に移らざるを得なくなります。伝統芸能のような徒弟制度による技術や知識の継承はこの場合行われにくくなります。これは何もデザイナーに限らない話かも‥‥‥‥。
私がこのような内部に専門のデザイナーを持つ会社からの依頼を受けるときには必然的に私の特定のカテゴリーでの実績をみての依頼になります。この場合私は野球で言えば単なる「ピンチヒッター」の役割です。わたしは「ピンチヒッター」の役割もよく心得ているつもりです。
ギャラリーへどうぞ。
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